紫が似合いたい

つれづれ

ネタバレはありませんがツアーの内容に触れてますのでご注意ください。

















ありがたいことに札幌全公演入ることができた。その数日前までメンタルは最悪で、これツアーで泣いちゃうかもしれないって思った。QUARTETTOの「幸せにしてやる」で救われたみたいに。



でも泣かなかった。幸せすぎて。ううん、半分だけうそ。


生で見るこやまくんはやっぱりかっこよくて、歌だって格段によくなってて、声量だってハモリの声に負けることがなくなった。



こやまくんはどんどん進化していくのに、私だけが変わらない。ファンサしてるところは見れないし、そのくせファンサはしてほしいし、でも立ち位置じゃないからこっちを見られることはない。見てほしくない、なんて思いながら誰よりも見てほしいと望んでしまう。


札幌ラストに一緒に入った子が、自担のファンサを見れる子だった。てごしくんのソロの演出は、もしこやまくんがしてたらと考えるだけで嫉妬と恨みで心が潰れそうになるのに、その子はかっこいい〜って見ていた。うらやましい。


こやまくんがトロッコに乗ってるところなんて見れない。ふわっと全体に手振ってるならいいけど、だれかひとりにファンサしてるところなんてむり。初日にボールをピンポイントで投げたところ見てしまって吐きそうだった。


こやまくんの優しいところが好きだけど、優しくしてるところは好きじゃない。ちがう、私以外のファンに優しくしてるところは好きじゃない。うわ、きしょ。立場わかってんのかなわたし。



この気持ちは執着なのかって迷うときがある。デジチケだし、交換こわいし、当たんないし。いやこれ関係ないけど。


でも踊ってるところが最高に好き。こやまくんのダンスが好きだ。なめらかに動く体が好きだ。ダンスやったことないから技術とか体の動かし方とか体幹とかは知らんけど。ただ好きだなと思う。


でも、この好きはなんだか落ち着いていて、去年みたいなおへその辺りからなにかがわき起こってくるような好きじゃない。こやまくんに対しての好きはそれしか知らなくて、こんな風に好きだなあと思うことは今までの人生で経験したことがなくて。だからわかんない。好きの形が変わったのかな。こやまくんを好きなことが、当たり前になったのかな。



双眼鏡を覗きながら、ああ好きだなあと思った。歌も、声も、ダンスも、話し方も、顔も、言葉も、好きだなあと思った。



2日目の1部と2部で、こやまくんが「明日から頑張れよ」って言ってくれた。NEVERLANDでは最後まで聞けなかったその言葉。生きるのがつらかったわたしを救ってくれたその言葉。わたしが聞きたくてたまらなかったその言葉。



なのに、泣けなかった。わたし、もうこやまくんのこと神様だと思ってないのかもしれない。ぐちゃぐちゃで汚い感情だけで好きなのかもしれない。やだ。そんなの、くるしい。


明日から頑張ろうじゃなくて、明日が嫌だなって思った。ずっとコンサート会場にいたい。現実を生きるためのパワーをたくさんもらったはずなのに、きれいな好きだけじゃないことを再確認したしんどさが上回ってしまった。



幸せでたまらなかったはずのデートが、こんな思いになるなんて。こんな風に好きでごめんなさいっていつも思ってしまう。綺麗な好きじゃなくてごめんなさい。こやまくんソロの演出を、見たくないって思っちゃうファンでごめんなさい。こやまくんは、承認欲求を満たす道具じゃないのに。






追伸:立ち位置ってあんなに変わるものなんですか!?!?去年も変わってました!?!?わたしが知らないだけ!?!?じゃあサイドチェンジはなんのために!?!?